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【メルマガアーカイブ】日本ワイン発祥の地、甲府(2016年12月3日配信)

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  • 2018年07月18日
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私、寺井が今回の最新情報をお届け致します!

 

皆様こんにちは、今回で13回目の登場となります、蔵人の寺井です。

既に定員に達し、完売となっているようですが、明日12月4日国産ワイン発祥の地・甲府」を楽しむ
モニターツアー
が催行されます。

新宿駅からワイナリーの担当者と一緒にお座敷列車に乗り込み、ワインと一緒に“鮑の煮貝”や“

甲州地鶏”等甲府市の名産品を楽しみながら、鉄路で甲府へ向かいます。列車内では各ワイナリーの

担当者が皆様をご接待致します。

 

甲府に到着後は、ワイナリー地下セラーの見学や、山梨大学ワイン研究センターの見学、そして

ワイナリー直営のフレンチレストランで昼食等、楽しいイベント盛り沢山の内容となっています。

 

サドヤは甲府のワイナリーですので、もちろんこのイベントには参加させて頂いております。

新宿駅からサドヤの担当者もお客様と一緒に甲府へ向かいますし、ワイナリーの地下セラー見学とは

サドヤの事です。

 

現在、山梨県内で葡萄栽培や、ワイン醸造の中心地は、甲州市勝沼町を始めとした、甲府盆地東部の

地域となっていますが、国産ワイン(日本ワイン)発祥の地は甲府なのです。皆様、ご存知でしたか?
今日は、日本ワイン黎明期について、少しお話をさせて頂きたいと思います。

 

1872(明治5)年の10月初旬、日本初のワイン醸造が開始されたようです。甲府市、広庭町

(現・甲府市武田)の「山田宥教」氏と、甲府市、八日町(現・甲府市中央)の「詫間憲久」氏が

共同で始めました。

 

「山田宥教」氏は、真言密教の大応院(甲府市、広庭町 ※現・甲府市武田3丁目)

の法印(僧職)でもあった為、日本初のワイン醸造所は、大応院の境内にあった土蔵を改装したと

考えられています。偶然だと思いますが、甲州ぶどう発祥の伝説のある、大善寺も真言密教の流れを

汲んでいますので、何らかの関連があるのでしょうか?

当時、白葡萄酒は甲州種から、赤葡萄酒は山葡萄から造られていたようです。明治7年頃には横浜へ

纏まった量の葡萄酒を出荷した形跡が残っています。明治7年の「府県別物産表」には、その年の

山梨県では白葡萄酒4石8斗(約900L)、赤葡萄酒10石(約1,800L)を生産した記録が残っており、

これは山田、宅間両氏が製造した、日本最初のワイン生産量の記録であると考えられています。

 

明治政府が打ち出した、殖産興業政策を山梨県で取り組んだ山梨県令、藤村紫朗が中心となり

設立された 「県立葡萄酒醸造所」の建設が明治10年。行政からの支援も無く、自らの力のみで

ワイン醸造を開始した両氏はまさに、日本ワインのパイオニア的な存在であると言えます。

 

日本において誰よりも早く、ワイン醸造に取り組んだ両氏でしたが、醸造技術の未熟、原料葡萄の

糖度不足、資金難などの理由で、明治9年10月「廃休スルの不幸に陥入ッタ」

(山梨県勧業第一回年報)となっています。

 

両氏が日本初のワイン醸造を始めた甲府市、広庭町(現・甲府市、武田3丁目)はサドヤからも程近い

場所です。「国産ワイン発祥の地」をこの目で確かめてみたく、現地を散策してみましたが、大応院

という寺院を見つける事は出来ませんでした。

 

事業の失敗により多額の借財を負ってしまった山田氏は、大応院を人出に渡し、借家に移ったらしく、
私が調べた限りでは、はっきりとした「国産ワイン発祥の地」は解りませんでした…。

 

明治時代の古地図でもあれば、はっきりとした場所が解るのでしょうか?「国産ワイン発祥の地」
正確な場所が解らないのは、寂しいようでもありますし、歴史の持つロマンでもあるように感じます…。

 

※2018年5月に、やまなし観光推進機構専務理事、仲田道弘氏(大学卒業後、山梨県庁入庁。長年に

亘り行政マンとしてワイン産業の振興に携わる。)が刊行した「日本ワイン誕生考」の中で、

「大応院」とは「大翁院」の誤りであり、古地図から「大翁院」の場所を特定したとの記述があります。

 

武田通りを武田神社方面に北上し、武田二丁目の交差点を右折、六角地蔵堂奥の墓地周辺が

「大翁院」跡地だと思われます。

 

「日本ワイン誕生考」

※過去に配信したメールマガジンのアーカイブです。リンク先等が変更になっている場合もあります。

【メルマガアーカイブ】「山梨ヌーボー」解禁日は郷土の英雄「武田信玄公」の誕生日でもあります!! (2016年11月5日配信)

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  • 2018年07月02日
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私、寺井が今回の最新情報をお届け致します!

 

みなさまこんにちは、今回で9回目の登場となります、蔵人の寺井です。
11月3日に「山梨ヌーボー」が解禁となりましたが、既にお楽しみ頂きましたでしょうか?

 

嬉しい事にサドヤのリリースする「山梨ヌーボー」、ヴァン ロゼ ヌーボー 2016もご好評を頂いているようです。

「ラベルが可愛らしい。」「ワインのピンク色が綺麗。」「フルーティーで美味しい。」等々、 先日、開催された、

「山梨ヌーボーまつり」にお越し頂いたお客様や、ワイナリーにお越し下さったお客様からの嬉しい“お言葉”が

私の所にも届いております。

 

本当に有難うございます。ワイン造りに携わる中で、皆様からの温かいお言葉が一番の励みとなります。

 

ワイン造りに携わる者としては、11月3日は「山梨ヌーボー」の解禁日である事が第一ではありますが、
私にとっては、もう一つの特別な一日なのです。私の尊敬する郷土の英雄、“武田信玄公”の誕生日でも
あるのです。

信玄公は今から495年前の、大永元年 11月3日(グレゴリオス歴換算 1521年暦12月1日)に誕生しました。
このサドヤからもほど近い場所に、信玄公誕生に纏わる伝説の場所があります。

 

信玄公の父、武田信虎公が館の近くにある小高い山の上で、戦勝の宴を開き、そのままうたた寝をしてしまった
そうです。その時、夢の中に一人の女性が現れ、「今、奥方が男の子を産み落とされました。この子こそ、
曽我五郎時致(そがごろうときむね)の生まれ変わりでございます」と、告げました。
※曽我五郎時致(そがごろうときむね)“曽我兄弟の仇討ち”で名高い、強い武士。

そして生まれたのが幼名、「勝千代」、後の武田信玄公です。武田信虎公が夢を見たとされる場所は
現在では「夢見山」と呼ばれています。愛宕山こどもの国の中にあり、サドヤからも徒歩30〜40分程度の

軽登山で行く事が出来ます。

 

現在の夢見山山頂付近は、樹木が生い茂り、眺望は利きませんが、愛宕山こどもの国の敷地内には
甲府盆地を見渡せる眺望の良い場所が多くあります。

サドヤと合わせて、甲府観光の際に如何でしょうか?

 

何だか、今回はワイン以外の話ばかりになってしまいましたね。失礼を致しました。
今宵は信玄公に思いを馳せながら、サドヤの新酒で杯を傾けたいと思います。

 

※過去に配信したメールマガジンのアーカイブです。リンク先等が変更になっている場合もあります。

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