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今週末のワイナリー見学について(2017年7月21日・22日)
【日本で初めてワイン専用ブドウ品種でワインを醸したワイナリー サドヤ】

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  • 2018年07月21日
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いつもご覧いただきありがとうございます。
日本で初めてワイン専用ブドウ品種でワインを醸したワイナリー サドヤです。
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サドヤのある甲府では、7日間連続の猛暑日を記録しました。

今週末も猛暑日の予想となっています。体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。

猛暑の週末は、駅近クールスポット、サドヤの地下セラー見学は如何ですか…?
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既に定員に達した回もございます。
今週末、2018年7月21日(土)・22日(日)のワイナリー見学のご予約状況をお伝えいたします。
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※2018年7月21日 10:00の時点のご予約状況です。
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7月21日(土)
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10:00 ○ 定員に対して余裕があります。
11:00 △ まもなく定員に達します。
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13:00 ○ 定員に対して余裕があります。
14:00 × ワインスクール開講のため催行なし。
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ワインスクールの定員に対して余裕があります。当日のご参加も受け付けております。
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15:00 △ 間もなく定員に達します。
16:00 × 定員に達しました。
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7月22日(日)
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10:00 ○ 定員に対して余裕があります。
11:00 × 定員に達しました。
—————————————–
13:00 ○ 定員に対して余裕があります。
14:00 △ 間もなく定員に達します。
15:00 ○ 定員に対して余裕があります。
16:00 ○ 定員に対して余裕があります。
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※2018年7月21日 10:00の時点のご予約状況です。

【メルマガアーカイブ】日本ワイン発祥の地、甲府(2016年12月3日配信)

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  • 2018年07月18日
  • イベント 日本ワイン発祥の地・甲府 メルマガアーカイブス 「国産ワイン発祥の地・甲府」を楽しむモニターツアー 2016年12月 ワイナリー見学 観光 甲府の歴史 甲府開府500年 

私、寺井が今回の最新情報をお届け致します!

 

皆様こんにちは、今回で13回目の登場となります、蔵人の寺井です。

既に定員に達し、完売となっているようですが、明日12月4日国産ワイン発祥の地・甲府」を楽しむ
モニターツアー
が催行されます。

新宿駅からワイナリーの担当者と一緒にお座敷列車に乗り込み、ワインと一緒に“鮑の煮貝”や“

甲州地鶏”等甲府市の名産品を楽しみながら、鉄路で甲府へ向かいます。列車内では各ワイナリーの

担当者が皆様をご接待致します。

 

甲府に到着後は、ワイナリー地下セラーの見学や、山梨大学ワイン研究センターの見学、そして

ワイナリー直営のフレンチレストランで昼食等、楽しいイベント盛り沢山の内容となっています。

 

サドヤは甲府のワイナリーですので、もちろんこのイベントには参加させて頂いております。

新宿駅からサドヤの担当者もお客様と一緒に甲府へ向かいますし、ワイナリーの地下セラー見学とは

サドヤの事です。

 

現在、山梨県内で葡萄栽培や、ワイン醸造の中心地は、甲州市勝沼町を始めとした、甲府盆地東部の

地域となっていますが、国産ワイン(日本ワイン)発祥の地は甲府なのです。皆様、ご存知でしたか?
今日は、日本ワイン黎明期について、少しお話をさせて頂きたいと思います。

 

1872(明治5)年の10月初旬、日本初のワイン醸造が開始されたようです。甲府市、広庭町

(現・甲府市武田)の「山田宥教」氏と、甲府市、八日町(現・甲府市中央)の「詫間憲久」氏が

共同で始めました。

 

「山田宥教」氏は、真言密教の大応院(甲府市、広庭町 ※現・甲府市武田3丁目)

の法印(僧職)でもあった為、日本初のワイン醸造所は、大応院の境内にあった土蔵を改装したと

考えられています。偶然だと思いますが、甲州ぶどう発祥の伝説のある、大善寺も真言密教の流れを

汲んでいますので、何らかの関連があるのでしょうか?

当時、白葡萄酒は甲州種から、赤葡萄酒は山葡萄から造られていたようです。明治7年頃には横浜へ

纏まった量の葡萄酒を出荷した形跡が残っています。明治7年の「府県別物産表」には、その年の

山梨県では白葡萄酒4石8斗(約900L)、赤葡萄酒10石(約1,800L)を生産した記録が残っており、

これは山田、宅間両氏が製造した、日本最初のワイン生産量の記録であると考えられています。

 

明治政府が打ち出した、殖産興業政策を山梨県で取り組んだ山梨県令、藤村紫朗が中心となり

設立された 「県立葡萄酒醸造所」の建設が明治10年。行政からの支援も無く、自らの力のみで

ワイン醸造を開始した両氏はまさに、日本ワインのパイオニア的な存在であると言えます。

 

日本において誰よりも早く、ワイン醸造に取り組んだ両氏でしたが、醸造技術の未熟、原料葡萄の

糖度不足、資金難などの理由で、明治9年10月「廃休スルの不幸に陥入ッタ」

(山梨県勧業第一回年報)となっています。

 

両氏が日本初のワイン醸造を始めた甲府市、広庭町(現・甲府市、武田3丁目)はサドヤからも程近い

場所です。「国産ワイン発祥の地」をこの目で確かめてみたく、現地を散策してみましたが、大応院

という寺院を見つける事は出来ませんでした。

 

事業の失敗により多額の借財を負ってしまった山田氏は、大応院を人出に渡し、借家に移ったらしく、
私が調べた限りでは、はっきりとした「国産ワイン発祥の地」は解りませんでした…。

 

明治時代の古地図でもあれば、はっきりとした場所が解るのでしょうか?「国産ワイン発祥の地」
正確な場所が解らないのは、寂しいようでもありますし、歴史の持つロマンでもあるように感じます…。

 

※2018年5月に、やまなし観光推進機構専務理事、仲田道弘氏(大学卒業後、山梨県庁入庁。長年に

亘り行政マンとしてワイン産業の振興に携わる。)が刊行した「日本ワイン誕生考」の中で、

「大応院」とは「大翁院」の誤りであり、古地図から「大翁院」の場所を特定したとの記述があります。

 

武田通りを武田神社方面に北上し、武田二丁目の交差点を右折、六角地蔵堂奥の墓地周辺が

「大翁院」跡地だと思われます。

 

「日本ワイン誕生考」

※過去に配信したメールマガジンのアーカイブです。リンク先等が変更になっている場合もあります。

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